【移住者の声】福本 敏さん、幸子さんご夫婦

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1997年、ヒマワリ畑の中での福本さん夫婦。麦わら帽子がとってもお似合い。有機農業に転換した頃。

福本さんの雫石アルバム 「雫石創作農園」を開くまで/福本 敏さん、幸子さんご夫婦/1996年移住 農業

長年勤めた職場の定年を機に、東京から雫石へ

 雫石町の南部、岩手山を北に望む高台に広がる南畑コテージむらが福本敏さん、幸子さん夫婦の住まいであり、主宰する雫石創作農園の活動拠点だ。
 雫石創作農園の活動の柱となるのが有機農業。約5000平米の土地を自ら耕し、南部小麦や野菜、豆類、ハーブなど、多品種を栽培している。 そして、2本目の柱が、農産物を使った加工品作り。ドレッシング豆や煮豆など、こちらも多品種だが、とくに南部小麦を原料に天然酵母を使って焼き上げた「農園のパン」は、10年以上に渡って愛されてきたベストセラー商品だ。香ばしく、噛めば噛むほど味わい深い農園のパンを求める消費者は全国に広がっている。
 こんな福本さん夫妻も実は移住者。移住歴20年を越す、移住者としても、素敵な田舎暮らしの実践者としても雫石ではパイオニア的存在だ。
 とはいえ、当の福本さんによると、「今でこそ様々な活動をしていますが、移住したばかりの頃は、現在のようなことになっているとは想像もしませんでした」とのこと。東京から雫石移住を決めた点についても、「確か、このコテージむらの広告が新聞に出ていて、一発で現地を訪ねて、ここだ!って。ほかの土地と比較することもなかったですね」と笑う福本さん。そして「それが良かったんです」とも加える。
「移住するための情報集めも大切ですが、最後は移り住んでみなければ、わからないんです。情報量ではなく、直感で移住先を決めたことで、実際の行動に移せたのではと感じています」。

1995年、雫石に5000平米の敷地を購入した福本さん。住居を建てる計画も進め、移住に向けて夢を膨らませる二人。「でも、この土に苦労するとは、思ってもみませんでした」とのこと。

1999年初夏、りんごの摘花を行う福本さん夫婦。果樹栽培はその後、ブルーベリーを栽培することに発展していく。この頃はハウスでトマトも栽培していた。

意気揚々と臨んだ農業。しかし、簡単ではなかった

 自らの直感を信じてコテージむらに飛び込んだ福本さん夫婦。さっそく所有した土地の約4分の1となる500坪の作付けに取り掛かった。
 専門的な農業は初めてだったが、自家菜園を何年も維持してきただけに、そこそこの自信もあった。しかし、最初の3年は思うような成果をあげられなかったという。
「理由は土にありました。重粘土の山土で肥料分が少なく、排水が悪い。だから肥料を入れ、暗渠も作ったりしました。でも、やっぱり土が良くないと。そこで、いろいろと勉強して辿り着いたのが“土”そのものを育てていく有機農業でした」と福本さん。
 実はこの有機農業との出会いが福本さんを大きく変えることになった。
「本格的な有機農業については知識がありませんから、多くの先輩たちの知恵をお借りして、試行錯誤を続けました。すると、気づくことがあったんです。“土”と一言で言ってしまうけど、土の中には数え切れないほどの微生物がいて、それらの生き物たちが変化していくことで全体が劇的に変わっていくんです。でもそれを促すには化学肥料のような対症療法ではなく、多次元の要素が同時変化していく姿を全体で掴んで土に関わっていく必要があります。そうなると有機農業というのは、アートや哲学の世界だなって感じるようになったんです」
 こうして有機農業に目覚めた福本さん夫婦は、仲間を作り、理解者を見つけながら、現在の創作農園を育んでいくことになった。
「有機農業は時間をかけて続けていくことが大切です。そして、理解者も必要です。私たちの場合、消費者のみなさんはもちろんのこと、行政のサポートなど、たくさんの出会いに恵まれました。人と人のつながりがあったから、パン作りをはじめ、いろんなことにチャレンジすることができたと感じています」。

ヤギのメリーさん、柴犬のケンちゃん、ニワトリ多数。有機農業も軌道に乗り、農園もいよいよ賑やかになってきた頃。「農業のほんとうの面白さ、難しさがわかってきた頃ですね」と福本さん。土地改良で苦労するも、いつも目の前には雫石の美しい自然が広がっていた。冬の美しさも格別。

雫石に暮らして21年。今、移住について思うこと。

 福本さんは、最近、これからを生きていくためには新しい哲学が必要になってきたと強く感じるという。
「それは今までの経済至上主義ではなく、自然と共存し、農食芸工に関わりながら、本当の豊かさを目指していくような生き方を模索する哲学とアートでしょうね」と福本さん。そして、それを模索する現場として、田舎暮らしや地方への移住という生き方があるのではと語る。
「移住とは田舎に引っ込むというようなことでは決してありません。これまで暮らしていた社会とは別の角度から新しいつながりを作ること。自分が住みたい場所に暮らし、そこを活動拠点として社会との関係性をリビルドしていく。そんな積極的な生き方が移住というものではないかと感じます。そして、この美しい自然に抱かれた雫石は、きっとそういう生き方が可能になる土地だと思います」そう語って、「ちょっと真面目な話過ぎたかな。でも、移住ってね、本当に素晴らしいものなんです」と柔らかな笑顔に戻った福本さん。その表情のほがらかさが、移住後の人生の豊かさを物語っていた。

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